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中尾理恵(なかおりえ) | 京都・奈良・大阪の葬儀はファミーユ・イマージュホール

スタッフ紹介

中尾理恵(なかおりえ)

中尾理恵(なかおりえ)

哀しみの中にいる人の、背中を押せる人でありたい


中尾 理恵

一級葬祭ディレクター(厚生労働省認定・葬祭ディレクター技能審査)
京都グリーフケア協会認定 グリーフサポーター


「自分に、葬儀の仕事が務まるとは思えなかった」

花駒に入社したのは2013年の1月。最初は営業企画の部署に配属され、お客様に花駒を身近に感じてもらうための仕事に、3年ほど携わりました。


入社後から「葬祭ディレクターに向いている」と現場スタッフに言われることはありました。けれど、正直なところ、自分にはとても無理だと思っていました。父と祖父、そして子どもを見送りグリーフ(悲嘆)を抱えていた自分が、ご遺族側に向き合えることができるのだろうか-そんな思いがずっとありました。


転機は、私生活の変化をきっかけに「正社員になって、葬儀の仕事をやってみないか」と社長に声をかけられたことでした。そこから、葬祭ディレクターへの道を歩み始めることになりました。

傷ついた経験が、一番の強みになった

いざ現場に入ってみると、気づいたことがありました。


自分が哀しみを知っている分、ご遺族にしっかりと寄り添える。それはすごく強みなんだと。「経験してきたことに無駄なことなど何もない」と、心の底から思えるようになりました。


自分が遺族としてかけてほしくなかった言葉を、私は身をもって知っています。この場面でどう寄り添えばいいのかを、理屈ではなく経験として持っている。たとえば、亡くなった方に近すぎてご遺族が触れられないことがあります。

そんな時、私はこう声をかけます。「では、一緒にやってみませんか」。それだけで「一緒になら」できるかもと動き出せるご遺族がおられるのです。


私は、帝王切開の予定日直前に子どもを亡くしました。ベビーグッズだらけの家に帰る苦しみは計り知れなかった。外にも出たくなくて、殻に閉じこもるような日々でした。ですが今こうして話すことで、あの子が生きていた証を知ってもらえる。人は、亡くなった人への想いをしっかりと伝えることで、心が楽になるところがある―そう思っています。


葬祭ディレクターの仕事は、まずそんなご遺族の想いを丁寧に聞くことから始まるのです。

気づいたことは、全てやる

打ち合わせでは、故人様について、お生まれのご出身地、ご性格、ご趣味、どのように社会に関わってこられたのかをご遺族に伺います。なぜなら「故人様のことを知ったうえで、お葬式に関わりたい」と考えているから。


そのお話の中で、何がご遺族にとって一番大切なのかは、正直わかりません。だからこそ少しでも後悔されないように、自分が感じたことについては妥協せずに、できる限りの力を尽くしたい。


そうして、故人様を偲ぶためのささやかなご用意は、スタッフが一方的に提供するものではないと思っています。


たとえばお寿司が好きな故人様のために、ご遺族がお寿司を握れるようにシャリとネタを別々でご用意する。奥様こだわりのコロッケの材料を下準備しておいて、後は揚げてもらうだけにする。「故人様のために、最期に何かしてさしあげられた」とご遺族に感じていただけるように。

そしてこう伝えます。「こんな風に、故人様らしさを大切にする心遣いのヒントを教えてくれたのは、ご遺族様自身ですよ」と。

お寺での葬儀と、釜めし屋の社長

故人様のために釜めしをご用意(イメージ画像)

自社ホールではなくお寺で葬儀を担当した時のことです。その故人様は、奈良市のとある釜めし屋さんが大好きだったと聞きました。キッチン設備のないお寺。ご用意がしやすい環境ではありませんでした。


ですが、あきらめきれなかった私はお店に電話しました。「故人様が大好きだった釜めしを、最期にお棺に入れてさしあげたい。普段お店で食べるように、器もレンゲもお盆もお箸も全部、一式貸していただけませんか」と。


電話を受けた社長様は、定休日にも関わらず「いちどお店に来て説明してくださいますか?」とお話しくださいました。想いを直接伝えると「わかりました」とうなづいてくれて、続けて「中尾さん、僕たちは普段、土鍋に火をつけて炊き上がりを耳で確認します。それは、さすがに無理でしょう」って。


それはそうなのですが、どうしても諦めきれなくて思案していると、社長様が言ってくれたのです。「告別式当日の朝に、僕が釜めしを炊き上げておくから、取りに来てくれますか」と。


当日の早朝、社長様はお式の時間に間に合うように一釜炊いて「最後に卵をここに落としてくださいね」とトッピングの仕上げ方を教えてくれました。さらにご遺族へのお土産のレトルト釜めしまでご用意くださり、また、私が前日にお店へ伺った際に撮ったお店の外観写真へ、お願いしたら気さくに故人様へのメッセージを添えてくださいました。


告別式前に、長女様と次女様に「できればご家族の手で、三つ葉を添えて、卵を落として仕上げてほしいのですが」と釜めしをお渡ししたところ、とても喜んでくださり、メッセージと一緒に棺の傍へお供えしてくださいました。釜は棺に入れられないため、容器を移し替えて故人様が好んだお店のお茶と、お庭に咲いていた良い香りの金木犀をそっと添えました。


私は普段から「ひとまず聞いてみよう」と思い、行動しています。最初から無理だろうなと諦める気持ちは、私の中にはありません(笑)。

日本海を、式場に持ってきた日

小浜市 マーメイドテラス(イメージ画像)

もう一つ、忘れられない葬儀があります。


私は福井県の小浜市出身で、引っ越してきたばかりで友達もいなかった頃、近くのスーパーで地元の2つ上の先輩を偶然見かけ、思い切って声をかけました。後に子どもの小学校も一緒だとわかり、仲良くさせてもらうようになりました。


ある日、先輩が小学校の卒業式でお腹が痛そうにしているのに気づき、代わりに子ども様の写真と動画を撮ってその夜にLINEで送りました。そのやりとりの中で、先輩が病を抱えていることを知ったのです。


その後、肺がんで亡くなられた先輩のお葬式を私が担当することになりました。


頭に真っ先に浮かんだのは「式場に先輩が大好きだった福井県の小浜の海を、持ってこよう」ということでした。式場には日本海の風景写真、小浜の鯖の骨・貝殻・砂を使って作った特殊なガラス「OBAMA blue」を並べました。


また、まだ幼いお子様が大きくなってもお母さんを忘れないようにと、故郷のひまわり畑をはじめとする写真で手作りのメッセージカードを作り、参列者の皆様に、皆様が知っている先輩との思い出を書き綴ってもらいました。A1サイズのひまわり畑のパネルには、先輩への寄せ書きをしていただき、棺に収めてもらいました。


先輩が好きだったパンとバターの朝食も用意しようとしましたが、パン屋さんはすでに閉業。バターは何軒問い合わせても在庫がなく、製造中止になっていると知りました。それでも諦めきれず「田舎であればあるかも」と地元のショッピングセンターに電話をすると、たまたま在庫が残っていて、母に頼んで宅急便で送ってもらい、なんとかご家族に朝食を作ってもらうことができました。


そうやって少しでも先輩らしいお見送りができないだろうかと考えてお手伝いさせていただいたお葬式が終わってから、先輩のお母様にお手紙をいただきました。「娘はスーパーで中尾さんに出会った時から、あなたに最期のお手伝いをしてもらうというめぐり逢いの運命が決まっていたのかもしれない」と。


私は人生の中で「この方とは出会うべくして出逢ったんだな」と感じることがよくあります。そのご縁を大切に、故人様を精一杯知ろうとすること、その想いをご家族のお手で形にしてもらうこと。そうすることで、大切な方を亡くされた後、振り返って「少しでも何かしてあげることができた」とご遺族に思っていただくことができ、グリーフケアにつながるのだと思っています。

花駒だから、できること

お葬儀の施行にはチーム力が不可欠です

葬祭ディレクターとしてこのような精一杯の心遣いができる背景に、花駒という会社の環境があります。担当者一人ひとりが、故人様やご遺族に寄り添い、ささやかなご提案や工夫ができる。それが、花駒の目指す“こころ、ひとつになれるお葬式”です。


ただし、葬祭ディレクター1人でいいお葬式になることはありません。納棺師、ドライバー、祭壇のお花、お料理、返礼品、セレモニースタッフ、アフターサービスまで―お葬式に関する全てが良くないと「いいお葬式でした」とご遺族様に思っていただけない。当社のミッション“こころ、ひとつになれるお葬式”を実現するには、ご遺族とご遺族を支えるチームの力が不可欠なんです。


哀しみにくれている方に寄り添って、背中を押せる人として関われる。そのためにいろいろなことを考えて、動いて、いろんな人を巻き込んでいく。それが花駒の“こころ、ひとつになれるお葬式”だと思っているし、全スタッフにその誇りを持ってもらいたいです。


「心に寄り添ったお葬式は、世界を救う」-私は本気でそう思っています。